日本のてっぺん・きた北海道を拠点に『沖ヨガインストラクター』として活動しているまなみんです(^^)
私は20歳の頃に『沖ヨガ』に出会いました。
それは、ぜひ沖ヨガを学びたい!と思ったからではなく、たまたま出会えたヨガの先生が、沖ヨガの先生だったから。です。
私は今43歳だから、それは今から23年前のコト。
それは、まだ日本に『第3次ヨガブーム』が来る前のコトなので、今の日本のように様々な流派のヨガが溢れていると言うコトはなく、各地にヨガスタジオがあるというコトもなく。
地元の公民館などで長~くヨガの先生をされている方々が、細々とサークルをやっていらっしゃる、というような場が主だったのではないかと思います。
アメリカで生まれた『ハリウッドヨガ』が日本に入ってきたのを機にヨガブームが到来し、一気にヨガスタジオが増え、ヨガの先生が増え、日本のヨガシーンは一変したと思うのですが、30年40年と長くヨガを学びお伝えしている先生方にとっては、もっともっと長い歴史と共に、積み重ねてきたモノがある。
長く沖ヨガを学ぶ師である『石井三郎先生』も、そんな方のひとりです。
師は、東京神田にある『ファミリーヨガ』というスタジオを主宰されています。
昨年で40周年を迎えたヨガスタジオで、師は、ヨガに出会って50年が経つのだそうで。
昨年末、久々に東京にて師のクラスを受けるコトが出来ました。
この日は、冥想の大切さをいろいろに教えていただきまいした。
長い時間かけて、いつまでもダラダラとするモノではないけれど、日々の暮らしの中で『自分をしっかり観る』という大切について。
一般的には『瞑想』と書かれるのですが、沖ヨガでは『冥想』と書きます。なぜ、瞑ではなく冥なのか?
それは、いわゆる座法をとって行う瞑想行法を『瞑想』と呼ぶコトが一般的なのですが、沖ヨガでは、それをいかに生活の中に落とし込んでゆくかに重きを置いているので、『生活冥想』という、常にそこにあり、何をしててもどこに居ても自分を客観的に観ている状態を大切にする、という意味がこめられています。
60分ほどじっくりほぐして、そして、じっくりと座る。時間にしたら、5分10分程度です。
がしかし、それだけの時間があれば、充分に心身は変化してゆく。
大切なのはかけた時間の長さではなく、質である、というコト。
師のクラスは、いつも通り何気ないようでかなり、奥深いのでした。
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クラスの後。
『写真撮らせてください~』と言うと、何も言わずにあれこれ動いてくださり。
10年も前なら、こんな風に気軽に写真撮らせていただいたりなどはなかったなー、と。
正直、怖かったです(;^_^A
今も短気であるのは変わらない師なのですが、ヒトはやはり、歳を重ねるごとに変化してゆくモノですね。
ここ数年は、『沖正弘導師から学んだ沖ヨガを後世に残したい』という想いを強く感じるようになったし、その想いからか、遥々と私の拠点である北海道、しかも日本のてっぺんまでもお越しくださったし。
ヒトって、年齢に応じて様々なライフステージがあるんだろうと思います。
とにかく駆け上がる時。
造り込んでゆく時。
それを丁寧に守ってゆく時。
そして、長年にわたって構築したモノを次の代へと届けたい時。
師である石井三郎先生は、まさにそんな時なんだろう、と。
もう、どんなポーズをとったか、何をしたのかではなく、『在り方』そのもの。
姿形そのものにて、ヨガを生きるコトを伝えてくださっているように思う、ここ数年です。
2019年。
とにかく私は、沖ヨガに焦点を絞って、一度でも多く東京へ足を運び、ファミリーヨガにてひたむきに学ぶコトを実践したいと思っています。
何十年経っても、変わらず学ぶ。
いつまで経っても足りはしない。
足るを知りながら、足らないコトも知っていきたい。
学ぶ意欲を忘れず。
沖ヨガの師である石井三郎先生、久恵先生、ありがとうございます。
◎東京神田ファミリーヨガHP→★★★
ありがとうございます。
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