日本のてっぺん・きた北海道を拠点に『沖ヨガインストラクター』として活動しているまなみんです(╹◡╹)
先日。
何気ない平日の午前中に起こった出来事です。
私は北海道に移住してから、ずっとシェアハウスにて暮らしていますが、今からしているシェアハウスのオーナーさんである、さとみんぬコト堂脇さとみさんから、一本の電話が。
『今どこにいる?』 の第一声で、何かあったのだろうとすぐに分かった。
あきらかに声は震え、絞り出して何とか話しているような状態で。
聴けば、旭川市にいる姉が倒れ、医大に運ばれ、緊急手術中。
『とにかく今から行ってくる』と。
◎その様子→★
私はその瞬間、色鮮やかに4年前の春の出来事を思い出しました。
忘れもしないあの日。
4月26日。
たまたま、『音威子府村』という、私が暮らしている豊富町からだと車で2時間ほどの場所へ遊びに行っていた時だった。
愛知の家族から、第一報がLINEで入った。
『父が川へ落ちて救急車で運ばれた』
しかし私は。
一年中外に居て、生傷絶えないような父なので、もしかしたら骨折でもしたかもしれないけれど、まあもう少し状況が分かるまではと、楽観的。
それから、1時間くらい経ってからだったか、
『緊急手術、首の骨を折ったらしい』と。
首の骨を!?
それはただ事ではないだろう状況。
すぐ母に電話して、『骨折は分かったから神経はどうなってるって先生は言ってる?』と聴く。
頚椎の怪我なのか、頸髄の損傷なのか?これ、天と地ほど違うから!と。
まあ当然ながら、『よく分からない』と母。
カラダに対する一般知識って、そんなモノですね。
時間的に、その日にはもう愛知県には帰れない。
ならば明日の便をと、すぐに飛行機を予約した。
この時に私がまず意識したのは、『焦らず腹をくくるコト』。
起こったコトを受け止める。その上でベストを尽くす。
焦った分だけ間違えるし、遠回りにもなる。
とにかく冷静に、今すべきコトをじっくり選んでいけば良い、と。
これこそヨガの恩恵だなあと、そんな事態の中で改めて思ったのを今も覚えています。
その記憶が一瞬で蘇り、今ここで緊急自体に直面しているさとみんぬに。
とにかく冷静に。
今動けるヒトが焦らず動くコトを一番に。急いで行っても手術は長いと言われたのだから、とにかく事故がないよう、ゆっくり向かえば良いのだから、と。
大切なヒトの大トラブルには、そりゃあビックリもするし、パニックにもなる。
でも、やはりその時点で動けるヒトがいかに冷静になり、動けなくなった大切なヒトの分まで動けるようにするコトに尽きる。
そして、大切なヒトをよく分かっているならなお、その時どうして欲しいのか?と想像して、行動してゆくコトしかない。
長期戦になりそうなら、休める時には休んだほうがいいし、食べれる時には食べておく。
とにかく、気力体力。スタミナがモノを言う状況。
そんなコトを思うとなお、健康ほど大切なモノはないし、日頃からよくカラダを動かしてチカラをつけておくのも、そんな時のためでもあり。
私の、あの日。
緊急連絡から一夜明けてから、愛知県は帰省。
病院に着くと、父はまた別の手術中であり。 頚椎は骨折ではなく脱臼であり、『けん引』をしてズレた箇所が元に戻らないかと言う手術でした。
その手術が終わり、ドクターに呼ばれた。
ドクターがレントゲンを持って入ってくる。それを明るくして見せてもらったその瞬間、脊髄神経がほぼ切れている状態を見ました。
母は、レントゲンを見たトコロでは分からない。となりで『きっと大丈夫だ』と言っていた。
私は、さすがに唖然。
ドクターから言われたのは、歩ける見込みはゼロだと思ってもらえば良いし、これほどの上位損傷では、車椅子に乗れるかも分からない。日常生活は相当困難を極めます、と。
その時思ったのは、
あー、ドラマと一緒だなあ!と笑笑
白衣を着たドクターが部屋に入ってくる。レントゲンを見せてくれる。絶望的な宣告を受ける。
ホントにドラマチックでしたよ^ ^
がしかしそれは、現実だった訳です。
いつも冷静に、今どうするとベストか?と思う訳ですが、その日の夜はさすがに、恐怖で恐怖で眠れなかったのでした。
ある日突然歩けなくなる。
身動きがとれなくなる。
療養して改善するならまだ良い。
それが一生です、だなんて。
何言ってんの〜、と。
転んでもただじゃ起きないような、弱音を吐いたコトなど人生で一度も見たコトのない父が、どうしたらヒトの世話になりながら生きてゆけるのだろうか。。。
世話をする側なら、なんぼでもしてくれるだろうとは思う。それが、される側だなんて。
そもそも怪我をしたのも、町内清掃で木の枝を無理な姿勢で切っていたら、足が滑って川に落ちたのだ。母は何度も、危ないからやめるようにと言ったそう。
でも父もちろん、聴く耳がない。それ、めちゃめちゃ想像出来る風景でした(^_^;)
◎あの日のコト→★
◎父が教えてくれた『深呼吸』の大切さ→★
◎毎日に励む父の様子→★
いざという時に腹を決めるには、日頃からの訓練がいると思う。
そして、何気ない日常ほどの宝はないのだと、いくら分かっていても、分からなくなる、忘れてしまうから、だからその都度都度に、思い直し、それを味わうコトを。
人生って、ほぼ大変なコトばかりだと思っておけば良いんじゃないか。
すれば、楽しいコト嬉しいコトがあったなら、なんてラッキーだと胸が踊るし、辛いコトも苦しいコトも、それを乗り越えるコトが元々だと思って望めばよい。
なんでこんなコトが?
なぜ私なんだ?
こんなコト、一生考えてもその答えは出ないから。
とにかく、今をしっかり認識して、一歩でも前に進めるようにと『腹を決めて』具体的に動くコト。
今は、東京にいます。
宿泊しているホテルで朝ごはんをいただき、今からヨガのクラスを受けに。
なんとありがたく、幸せなコトだろう。
自由に動けるカラダがある。
行きたい場所に行くコトが出来る。
それを痛いほどに、イヤと言うほどに教えてくれたのが、父。
しばらくは『きっとなにかの間違いじゃないか』と思うのです。あまりに突然で。
いくら受け止めても、受け入れるにはそれなりの時間が必要。
時間という先生がいると、いつも思うんです。負った傷もまた、時間という先生が少しずつ撫でてくれ、その傷を癒してくれる。
中途障害の苦しさも、よくよく分かった。
それでも、父に言うんです。
『お父さんさ、この歳でよかったがんね。結婚して子どももいて、しかももう散々にやりたいコトもやったじゃんね』と。
『まあそうだなあ』と、父。
あるモノしかないのだから、その中で工夫して、楽しむコト。
父は今も頑張って生きてます^ ^
ただ生き長らえるつもりはない、と。
さすが私のお父さん\(^-^)/
やっぱり転んでもタダじゃ起きないのです^ ^
さすが私を生み出してくれたヒトだと、私は勝手に誇らしげ(^○^)
笑顔溢れる、実り多き人生でありますように。
日々勉強。
大切なヒトを守るため、まずは自分を守る。
いざという時に、腹をくくってしっかり動けるように。
気力体力、そしてスタミナ。
運動は大切ですよ!!
精神的にも強くなります。
私たちは、動物。
動いて生きている。
植わって生きている植物ではない。
だから、運動不足はわざわざ不調や病気を作り出しているだけで、食べ過ぎはエネルギー過多で、これまた病気の元になりやすく。
それを消化に、日々に尽くしている父でも、だんだんと弱ってます。残念だけれど。運動出来ないって、カラダが動かないって、相当に大変。。。
動けるんだっら、どんどん動いたほうが良い。
やれるうちにやれるコトを、どんどんとやったほうが良い。
それは、選択の余地なく第二の人生を送るコトになった父が、身を持って教えてくれたコト。
空に向かって両手を伸ばせる。
胸いっぱい呼吸をして。
あー、なんて幸せなコトだろう!
ありがとうございます。
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