『命の感度』を上げて行く。ヨガを学び深める中で得られるコト・モノって何だろうというハナシ。

日本のてっぺん・きた北海道を拠点に『沖ヨガインストラクター』として活動しているまなみんです(^^)

 

日々暮らしていてよく思うのは、タイミングが大切だと思うのです。

例えば、『これ一緒に持って欲しいの』と頼まれて、『後からね』と言われたら、すごーく困ったりします。いや、後からではなくて、今運びたいのよ私は、と。

そして、頼んだヒトは、無理にひとりで運ぶか、他の誰かを捕まえるか。しかし頼まれたヒトは、ホントに後から運ぼうと思っていて、『さあ今からならいいわよ』と言うと、すでに遅し。コトは済んでいたり。

これって、荷物だから分かりやすくそれぞれのズレが見えてくるけど、こんなようなコトって、意外なほどによくあるのではないかと思います。日常にあるモノ起こるコトすべてが、タイミングが大切だってコト。

今困っている、今必要、今欲しい、などなど。

 

先日のパーソナルレッスンにて。

ご依頼をいただくと、時間がある限り『パーソナルレッスン』を引き受けさせていただいています。

おひとりだったり、おふたりだったり、様々。ご依頼くださった方のご希望に合わせて、レッスン時間・内容は作らせていただいてます。

先日の、あるパーソナルレッスンにて。

たまたまご依頼くださった方が、その日の朝に『とてもとても大切な友人が他界された』とのコト。実は、一度は『レッスンを延期してほしい』とのご連絡をいただいていたのです。でもやっぱり、今日受けにいきます、と。それだけ、想いが揺れていらっしゃったのだろうと思うのです。それを、レッスンが始まってから知りました。

まだ30代だったというコト。

そして、子どもが小さかったというコト。

もちろん、私はお会いしたコトがない方だけれど、どれだけの非常事態か、それは痛いほどに分かります。若い世代の突然死って、残された家族・親族はどう受け止めてゆけばいいのだろう。。。残された子どもは、どのような人生となるだろうか。。。

パーソナルレッスンって、その時々によって雰囲気は大きく変わるのです。

たとえ同じ方であったとしても、じっくりカラダの声を聴いて集中する時もあれば、あれこれお話しながら進めるコトもあり。それは、受けてくださる方が決めてくだされば良いのだし、私は、どんなクラスが良いのかと事前に確認する訳ではないのですが、いろいろハナシを聴かせていただいたほうがスッキリされるなあと思えば、あれこれ話に耳を傾ける。そのうちに集中が深まれば、そこに寄り添い。もちろん、程よく動きながらです。

これは私の考え方・在り方でしかないですが、その日その時のタイミングで必要なコトが起こるし、必要なように過ごせばよくて。

大切な友を失ったその日に、生きている私は、その方と共に過ごすという時間をいただいた。そのタイミングで、私なりになのですが、させていただけるコトがきっとあるから。

嬉しい・楽しいは、ある意味分かりやすいです。私も胸が躍るし、一緒になってキャーキャーと騒いだりもして。空気まで踊ります^^

辛く悲しい時は、重たい。空気も重たい。こんな時、どう受け止めてゆくのがベストなのかは、時に考えたりもすします。

でも、頭で考えて分かるコトではやっぱりなくて。そこはやはり、感じるコト。そして、『真心でこそ』なのだろう、と。

そして、こんな時にこそ思うのです。

私なりにでも積み重ねてきた辛く悲しい経験があるからこそ、その痛みが分かる、想像できる。共感し寄り添える大きなチカラなんだって。

 

たまたまテレビをつけた時にみたニュースだって、特集番組だって、たまたま道で出会った方から聴いたハナシだって。どれもこれも、タイミング。

全部、自分に必要があってつながったのだろうし、そのタイミングで知り、聴いたコトに意味があるのだろうし。

当然、ヒトのタイミングに自分を合わせるコトってなかなか難しくもあるのですが、ホントに必要な時って、求める側と受け取る側のタイミングがバチっと合う。不思議なくらいに。

ご縁とは、不思議なモノだなあと思うのです。

巡り良く過ぎて行く毎日って、それなりにタイトだとしても、ちゃんと必要な時に必要な場所へ、そして必要なヒトへ上手くコミットするモノだなあと、よくよくよく思います。そして、互いのタイミングがバチっと合うと、つかの間の時間だったとしても、ビックリするほどに深い時間を共有できたりするコト。

もちろん、その逆でタイミングが悪いという場面もいろいろある訳ですが、『良い・悪い』というジャッジメントではなくて、結局、必要な時に必要なコトが起こっているだけ。

巡りに導かれながらも、ただそれだけではなくて、『ここぞというタイミングは逃さぬように』と強く思うのです。だから、『命の感度を引き上げてゆきたい』と思うのです。

 

そう、大切なのは『命の感度』です。

『現代人は考え過ぎです』と、よくよく聴くし、私もそうなんだろうと思います。それは、『感じるコト』が少な過ぎるのではないか、というコトでもあって。

私自身、めちゃめちゃ『思考派』なんです。考えるコトって大切だしめちゃめちゃ必要だけれど、頭の構造なのか、回路なんだろうか分かりませんが、常に頭がクルクルとまわり、ボーっとしてても考えているという感じ(笑)それはもう、笑っちゃいますよ。

私は、ヨガに出会えて最大に良かったと思うのは、休みたい時に休めるようになったコト。そして、『今私って休んでいるよね』という、『第三者的な感覚を味わえるようになった』コト。まさにこれ、『瞑想』の感覚なのでしょうけれど、『自己を第三者的に垣間見る』って、かなり素晴らしい感覚だと思うのです。

常に当事者であれば、常に巻き込まれている訳だけれど、自分という人生を主役として生きている自分自身を、第三者的に、端からぼんやりと眺めているような感覚があるコト。

これ、かなり惑わされなくなるし、テンパらなくなるし、落ち着くという元となる。

『大変だーーーー!』とわめいて走っても、たいがい上手くいかない。『緊急事態です、まずは落ち着こう、さあ今何をすべき?まずひと息吐いてから』と、ヤバいと思った時こそ、冷静さを取り戻せるスイッチのような感覚。

こんなコトも含めて、命の感度だと思うのです。

感情にしてもそうです。ひとつではなく、常に様々な想いが湧いてきては錯綜しているいる訳で。それらを全部見て感じていたらキリがなくなる。

しかし、そんな感情ざわめく自分を、第三者的に一歩離れて眺められる自分が居たとしたらば。。。

 

日々の中に、じっくり自分を見つめるじかんを作るコト。

これは、命の感度をあげてゆく、まさにそのためにはとても必要なプロセスだと感じます。

ただ、プロセスは様々な種類があるのだと思いますよ。山をどこから登るか、みたいな感じ。どの登山道がよいのかは、ヒトそれぞれの相性だろうし。

キツくても短時間で急な上り坂を登るのも良し。しかし、それでは疲労困憊となってしまうヒトもいらっしゃるだろう。

ただ。

『時間という先生』がいると思うのです。

突貫工事では、馴染み切らずに抜け落ちる部分があるのではないか、と

じっくり丁寧に刻んだ仕事は、やはり奥深さがあって、いろんな意味で強い。それは、自分と向き合うというコトに対しても、同じ。

あと何年あるのか分からない人生ですが、長丁場だと、そうであって欲しいと仮定して、なるべく、じっくり自己と向き合ってゆくコトが出来たら。

そして、いつもここなのですが。私は、自己と向き合うそのひとつの方法として、ヨガをお伝えしたいのです。

まずは一日一分から、自分の呼吸を聴くじかんを持ってみたり、ゆっくりお茶を飲むじかんをとってみたり。

なんでか知らんけど、タイミングよいコトが増えます。なんでか知らんけどって(笑)

いや、しかしです。

なんでか知らんけど、増えるんです!

命ってやっぱり、大切にされると良くなる。自分という命をちゃんと真っ直ぐ見るじかんが人生に増えると、やっぱり、良くなるんですね。

 

グッとタイミングな人生を。

大切なヒトを大切にするためにも、まず自分自身を大切に。それは、自分さえよければ良いとは、天と地ほどに!違います。

『自他共に生かし合う』コト。

自分がこうしたい、これが必要だ。という想いがベースですが、それって結局は、どうしたら大切なヒトの幸せを創ってゆけるだろうか?さらに幸せを広げて行けるには、どうしたら良いだろうか?というコトで。

ある意味、自分だけの楽しみで満足ばら、それはそれで良いんです。

好きなモノをたくさん集めて、それに囲まれていて満足。それで最大満たされるなら、それでいい。

しかし、そこに循環を起こし、この楽しさ・面白さをさらに広げてゆけないだろうか?となると、ただ自分の好きで集めているコトでは、だんだんなくなってゆく訳で。どっちが良いか、なんてないんですよ。それぞれの良さがあるし、それもまた、それで良いのだし。

私も、私自身がヨガを学び深めるコトが何よりのベースです。

その中で、この素晴らしい教えを伝え広げてゆきたいと思うから、そこを目指すから、今日(こんにち)の循環がある訳です。少なくとも、私一人で学び深めたいと思ったヨガとは、天と地ほどに違っているように思います。そういう意味で、インストラクターを目指して、続けてきたコトをホントに良かったと思う。

しかし、生徒で学び続けるという部分も同じく、とても大切なんです。

結局、教えていただけるコトって日々の暮らしの何気ない場面にいくらでもあり、『他という存在』があってこそ、気付いたコトも多い。

自己とじっくり向き合うのは大切だけれど、他との関係性を持つコトにより、自己だけでは得られなかっただろう境地が、山ほどありました。

 

今、ここ、自分。

なるべくタイミングを逃さぬように。

今とは、過ぎ去った過去も、まだ見ぬ未来をも変容させるチカラがある。

そのうちになどは、ないと思う。

今にないのなら、過去にも未来にもない訳で。

今に在るのなら、過去にも未来にも在るモノとなる。

『今まではこうだった』なんて、今この時の認識でしかない。その一瞬向こうに、『今からはこうだから』となれば、一瞬にして様変わるコトだって在る。

今にしか、この瞬間にしか、ないんです。何もかも。すべてが。

今に在るモノしかないんだけれど、それを見定める訓練です、人生って。

過去への執着を手放す。未来への不安を解消する。その要はぜーーーんぶ、今に在る。

今が最大に満たされているのに、なぜ過去の後悔や未来の不安がよぎるのか。

がしか~し、そんなコト言いながらも、ヒトはきっと、後ろ髪を引かれながら、どっちにするべかな~(北海道弁)と、あれこれ試行錯誤しながら、あくせくやってゆくモノなんだろうと思うのですがね。

 

ありがとうございます。

 

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