ひとりなじかん。

愛知に戻ってきて、4日目。
介護って大変やなあ、と思う。
家族は常にゆとりがなく、
ひとつのコトバが気に触ると、
すぐに口ゲンカとなり。
その、
ギャーギャー言っとるのを聴くだけで、
ドッと疲れる!
しばし逃げてみた^ ^
 
たびたび読み返す、
天外さんの本と共に。
しかし、
読み始めても結局、
ボーッとしてしまう。 
この思考の整理じかん、
やっぱり大切やなあ、と。
怒りやイライラの重たいエネルギーを丸投げされて、
それをもらわない、
そのイライラに乗らないと自分で選んでも、
やっぱり、
場の空気自体が重たくて、
酸欠になる〜。
だんだん、
しんどーくなってきて。
 本人も辛いが、まわりも辛いのだ。
こんなに辛いのになぜ分かってもらえないか!
と本人がなると、
こんなに頑張ってるのになぜ分かってくれないか! 
と介護者。
これ、永遠無限のスパイラル〜
ゆとりがないとあかんのです、
結局、どんな状況も。
まだ逃げれる私は大丈夫。
リセットして、
また戻ればよいのやけれど、
上手く息抜き出来ない性質のヒトやと、
これまた、
悲劇のヒロインになっちゃって、
いつまでも大変なのではないか。
で、
みんな結局言い始めるのは、
どうせ自分は長生きしない、
心臓が弱いから。
とか。
いやいや、
そんなコトを言ったトコロで、
何にもならへん、
誰も幸せにもならんでしょう。
いや、
分かるのやけれど。
そうか、
長生き出来んと思うのね。
辛いんやね。
と、
想いを汲んだり、
寄り添ったりしたら良いのやろけど、
家族同士って、
これがまた、
なかなか出来ない。
あげく、
世間体ばかり気にして、
第三者の介入を嫌がる親の世代。
外には上手くいっているように見せたい。
このコトは誰にも言わないでくれ、
と言われたり。
なんじゃそれ〜と私(;^_^A
 何のため?
誰のための毎日なんだか、
さらに分からんくなる〜
こんなモノやと思う。
大変なのだ。
寄り添うのって、
ホントにチカラがいるのだ!
親の介護に疲れ果て、
親の目の前で命を絶つ子ども。
そんなニュースを観ると、
ある意味、
そこまで腹をくくったか、
と思う。
それくらいの度胸があり、
それくらいの決意があれば何とかならんかったのか、
と言うのは、
外側から見ているヒトの想いやろう。
ただ、
当事者でないからこそ、
第三者的に見ているからこそ分かるコトがある。
思い詰めている、
そのゆとりのない状態、
そこに気付き、
何か差し出せる手はなかろうか、
と。
縦の関係である家族や親子やと難しいのなら、
地域に斜めの関係をたくさん増やして、
自分の家族ではない分、
ゆとり持って接するコトが出来たり、
寄り添えたり。
そして、
重くなるほどは抱え込まずに。
言うのは簡単。 
誰だってそれを望むんやろけど、
五体満足、
自由気ままなうちは良いのだ、
つい、
それがいつまでも続くと過信して、
いざ弱った、
いざ困った時に、
頼れる地域がなかったり、
家族しか居なかったりするもんやろう。
弱ってから仲間を作るなんて、
その方が労力いるかも。
それなりに地域活動に関わり、
広い交流があった方でも、
いざ弱った時に頼れるヒトがいるか?となれば、
それはまた別なのかもしれない。
生まれて、
育って、
維持期を経て、
いつか必ず、
弱る、
そして死んでゆく。
まだまだこれから!って時に、
重い障害を負ったり、
大病するコトもある。
が、
まだせめて、
未来を望めるのならいい。
ただだだ弱ってゆくヒトを見守るのは、
けっこうな根気がいるモノだ。
私の命がいつまで続くかは分からないけれど、
私がおばあちゃんの頃には、
他人にすら面倒みてもらえない時代やろう。
超高齢社会。
少子化。
まあ大丈夫、でもなければ、
お金さえ貯めておけばよい、
でもないんじゃないか!
いつかのために何か、
ではなくて、
「今出来るコト」をするコトだ。
自分の命を大切にする。
家族の命を大切にする。
地域の命を大切にする。
この国の命を大切にする。
カラダはひとつ、手は2本。
どんなに頑張ったって、
ひとりが出来るコトは知れていて、
どんな売れっ子さんやって、
睡眠時間を少々削ったって、
何かがそんなに大きく広がるモノでもない。
むしろ、
小さくていいから、
ひとりひとりが少しずつでもチカラを出してみたり、
今出来るコトを大切にする。
それらが未来を作るのだとしたら、
これ、
めちゃめちゃ大きなチカラになるんやろう。
やるコトは様々でよくて、
スローガン作って同じ方向を見る必要もなくて。
なんで上手くやれんのかなあ、
と、 
家族という小さなコミュニティの中に入り込んであれこれ考え込むと、
おそらく、
ますますと深みにハマり、
一向に明るい兆しは見えない。
でも少し意識を変えてみたらば、
まあ大丈夫、
少し視点を変えて、
出来るコトをやるかな、
となったりするやろに。
 
行きつ戻りつ、
ぼちぼちやるしかないし、
結局は、
自分の命を大切にするコトしかない。
このベースが歪むと、
誰も満たされず、
ミイラ取りがミイラになる。
山の遭難でもそうやけど、
やっぱり、
二次災害を出してはいけない。
そう注意喚起をして、
その意識で臨まねばならん!と思う。
子どもの身代わりになれるのなら幸いやけど、
子どもが親の身代わりになったら、
その子どもの子どもは、
どうしたら良いのか。
本来なら淘汰されていた命が、
医療のチカラにより、
たくさん生かされるようになった今。
家族としては、
生きてて良かった、
ありがたい。
と思う。
ホントに思う。
そして、
それが長期戦のはじまりでもあって。
生かすからには、
腹くくって向かうしかない。
本人が生きる意欲がないのやとしたら、
それをまわりは、
どう生かそうとしたらよいのか?
本人がなんとか生きていたいと意欲を持っても、
その命をサポートするだけのチカラが、
体制が整わなかったら、
どうしたら良いのか。
介護にイライラを募らせ、
未来へ向かう子どもにそのイライラをぶつけて、
しわ寄せが来ていたとしたら、
これ、
どう修正してゆけばよいのか。
ケースバイケースやし、
これ、と言えたら誰も困んない。
倫理的な問題も含めて、
めちゃめちゃ重いコトだ!
男性女性共に、
平均寿命が90歳を超え、
100歳超えの方がどんどんと増えているこの国。
腹くくって臨まねばならん。
家族だけでなんとかするの、
かーなり難しいなあ。
だからと言って、
どうしたもんか。
生きてるだけで丸儲けやと思えない状況。
これはチャンスでもあるけど、
チャンスとも思えなくなる可能性大で。
生きるとは、
涅槃(ねはん)の境地から切り離され、
辛くて厳しい人間の世にやって来たコト。
苦行と思えば苦行であり、
明るい未来への糧とすれば、糧であり。
10か0かではないけれど、
なかなかヒカリの見えないトンネルの中に居つつ、
ぼちぼちでも、
明るい場所を探して行きたいなあと思いつつ。
そんな中、
とりあえず気持ち切り替えてお茶飲もう。
 
これはかなり良いと思う!
出来れば気分転換で、
場所も変えて。
朝の来ない夜はないと思うが、
真夜中の暗闇は、
けっこう辛くもあり。
そんな、
苦しみと向き合うじかんも大切であり。
が、
あんまり長く続かないほうがよいかな。
私は大丈夫。
逃げるが勝ち〜!と、
逃げてしまうから^ ^
逃げ場を作れないヒトは、
きっと、
かなり深刻。
うーん、
この壁をチャンスにしたいけど、
一筋縄ではいかん様子。
ありがとうございます。 
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