結局すべては『エネルギー』だ。

毎日の暮らしの中には、いろんなコトがある。

思いのほかに上手く進むコトもあれば、そうでないコトもあって。 

そしてきっと、何より難しいのは、『人間関係』なのではないかとよく思う。

ホントは、だから面白く楽しい、のやけども。

『他の存在』にこそ気付きを与えられ、『信じられん!』と憤慨するコトにこそ、チャンスがあったりするから。

『これはこういうモノだ』というのは、自分の思い込み。

『これ常識でしょー』って言っても、それもヒトそれぞれ違う。そんな中、『価値観の対立』はよくあるコトで。

しかし、自分が正しくて相手が間違っているというのは、自分目線でしかなくて、視点を変えたら、全然違うハナシになったりもする。

『視点を変えてみる』という意識があるかないかでは、天と地ほどに違う。それは、『人付き合いのいろは』を変えるチカラとなるやろう。

ヒトそれぞれの感覚をピッタンコと合わせるのは、到底無理!

もともと違うのやから、『互いの違いを知る』というほうが、よっぽど分かりやすい。

こんなコトでは何も解決しないから、法律があったり、取り決めがあったり、様々な約束ごとがある。
けれど、その解釈すら、それぞれやったりもするから、結局は難しい。

だから結局は、法に触れるコトは別として、責めてもしゃあない。

だからと言って、諦めるコトもなければ、我慢するコトもないノダ。

それは単に、『いかに折り合いをつけるか』というトコロにかかっている。そしてそこには、意外なほどにヒトは入っておらず、自分の問題であって。

誰かが自分に嫌なコトを言ったとしても、

それを鵜呑みにして腹をたてるかどうか。

気にしないコトにするかどうか。

どう受け止めるかは、自分自身!に選択権がある。

言うのは自分の勝手、それをどうするかは向こうの勝手、ただこれだけだ。

だから、言うのは向こうの勝手なんやから、自分がどう受け止めて対処するかは、自分が決めたらいい。イヤやと思えば距離をとればええし、嬉しいと思えば距離を詰めたらいいのやし。

そして何より、距離を詰めたいと思えるヒトに出会ったコトが宝であり、なのに、なぜだか、距離をとったらよいヒトにばかり意識をとられて、文句を言い、不快感を持ち続けていたなら、それはもう、なんてエネルギーロスなコト!!かと思う。

 

基本、全部自分の思い通りにはならない。どう考えても、なる訳がない。
しかし、自分の人生において自分が真ん中におるコトを明確にするだけで、ありとあらゆる景色が変わる、きっと。

自分の命を尊重し、高めてゆく想いを持ち、その自分の命を共に尊重してくれる他の命を自分のように尊重し、他の命をも自らとして尊重する。

不具合があれば話し合いや様々な調整をして、折り合いをつけてゆく。

そのプロセスにこそ、気付きがあり、魂の進化向上が訪れる。

じゃあ、『気の合わないヒトとは付き合わなくてよいのか?』となるが、もちろんそんな訳はない。

と言うか、実質は無理だ。そんなコトは出来るハズがない。

好きなヒトにだけ囲まれて、好きなモノにだけ囲まれて生きてゆけるなんて、そんな場所はどこにもない。

そしてそもそも、何より困るのは、どうしょもなくなるのは、自分がどうすれは嬉しいのか、辛いのか、感情を押し込めるばかりに、『分からなくなってしまう』コト。

我慢強いヒトは『不感症』になりやすい。

当たり前のコトだ。

感情が生まれるたびに押し込めて、なかったコトにしていたら、命は『感じる機能を鈍らせる』しかない。

結局は、すべてが『エネルギー』だ。

そうとしか言いようがないのやけど、いきなりそう言うと怪しいかもと思い、あまり言わないけれど、やはり、そうであって、そうでしかないのやと思う。
私は科学者でも研究者でもなく、何の地位も名誉もないヒトだ。いわゆる、凡人。

私にとってはそれでいいのだか、世からしたら、地位や名誉があり、立場のあるヒトが『エネルギーだ』と言えば、『そうかそうか!』となるのやろうし、ヒトによっては、『なんの根拠もないコトを言って!』となったりもする。
そもそも、その根拠が『科学的に実証されている』から良いのか、『疫学研究の結果』だから正確なのか、認識は様々やろうけれど、それも結局はヒトの手を介しており、いくらかでも、誤差があるモノでもあるやろう。

ヒトそれぞれ、納得して信頼出来、安心出来たら良いのではないか。

と言っても、ここは詳しくないし、『よく分からない』ってのが一番。

しかしそれは、だからダメな訳ではもちろんなく、要するには、『自分が良ければそれでいーじゃんね』というコト。

何が素晴らしくても、超高級品でも、自分にとって『しっくり』こなければ、それはどうしょもないし、自分に合ってこそ生かされる。

『宝の持ち腐れ』とか、『豚に真珠』とか言うが、まさにそうなんやろう。

でもここでひとつ。

今の時点で合わなくても、時が過ぎれば合うようになるかも、というコトも大切だ。

ヒトも、モノも、それらの原動力であるエネルギーは、常に変化をする!!!

というか、同じのまんまで止めておく、なんコトは、この自然界においてそもそも無理だ。

止めておきたいとは思うのやけれど。

たとえば、幸せ絶頂なじかんに、よく『時間よ止まれ』と言うけれど、それは、感情のエネルギーが言語化されている現われであって。

ものすごく一緒に居たいと願うヒトが居て、念願叶って会えたとしても、ずっと一緒に居れば、他の欲求が生まれてくるモノ。

それを『もう私じゃないってコト?』なんて言ったら、『(°_°)・・・・。』

アナタを大切にするコトは、他のヒトやモノを大切なしないコトではないし、自分をとりまく様々なつがりがあって、その中で大切に想っているってコト、です。

美しいヒト、カッコいいヒト、賢いヒト。
様々な魅力溢れるヒトがいる中で、理論理屈じゃなく、『このヒトがいい』と思うヒトに出会えたなら、選んでもらえたなら、それこそが宝であり、その想いのエネルギーが、命をさらに豊かに生かし、互いの想いが通じたならば、互いをさらに魅力溢れる生かし合いへとつなげてくれるんやろう。

想い合うチカラって、スゴイ。

束縛するコトが愛でもないが、ヤキモチ焼くのはまたかわいいのやろうし。それもまた、ひとつの愛のカタチで。
歳を重ねるときっと、愛のカタチは変化するが、エネルギー的には変わらない。

愛おしく、慈しむ。

それは、生涯持ち続けてゆきたい、命の原動力なのやと思う。

時に、人々が発するエネルギーが強くぶつかり、大喧嘩になったり、そこに社会的な上下関係があれば、一方的に威圧されたりすると、エネルギー負けした方は、強制終了を起こしたりもする。

コトバも振る舞いもすべてエネルギーだ。

それを受けて持ちこたえられなくなり『胸が詰まる』という感覚や、『息苦しいほど胸が痛い』という感覚となる。

これは実際、大胸筋に直接傷が入って痛いのではなく、肺に異常がある訳ではないけれど、明らかに『痛みをおっている』感覚。
だから、やっぱり全部がエネルギーなのだ。

肉体的であれ精神的であれ、傷ついたというコトに関しては同じ。

だから、原因はストレスだと言っても、肉体疲労からくるモノもあれば、精神的なモノもある。

そして結局は『ふたつひとつの理』で、常に共鳴して成り立っているから、同じコトなんやけども。

じゃあ、自分というエネルギー体、生命体をどう快適に保つか?となるが、やはりここは、『自分の領域を明確にするコト』、『自分の領域に何をどう入れるかはよく吟味するコト』となる。
他との関係性においては、ここが混ざると、永遠に迷子となるー

と言っても、混じるのですよ〜

他があってこそ自己を認識しているのやし、他に生かされていて、自己が存在もしているのやし。

でも、ここはハッキリと言える。

私は私、アナタはアナタ。という境目が必ずある。
と言うと、『そんなコトもちろん分かっている〜』と言われそうやけど、『なぜあのヒトは分かってくれない?』『こんなにアナタのコトを考えているのに』と思っている時点で、境目がぼんやりしてきている。

私の想いがあのヒトの想いではないし、そんな都合よくは、なびかない、響かないモノだ。

しかし、大切な気持ちはちゃんとある。だからこそ交わる、入り組むノダ。

だからそれを、『何とか分かって欲しい』と思う、願う。
だから、他の命にどんどんと『介入』したくなる。

結局のトコロ、それでいんじゃないかと思うのです。

想いがあるがゆえにぶつかるモノがあるけれど、そもそも、そこに何のエネルギーもなければ、ぶつかりもしないというか、そもそもが何も存在しない訳で。

ないよりあったほうがいいじゃんか。

『やらなきゃよかった』と思っても、それははやっぱり、やったからこそ分かったコトやし。結局、やりたいコトって『やる方向』にどのみち進むやろし。

そして、とにかく様々なエネルギーが入り組んでいる社会では、車が増えれば増えるほど交通事故が増えるみたく、エネルギーがぶつかるコトが増える。

でも、それをなくそうというのは、難しい。と言うか、無理。

生き物が生きている、それだけで生まれるエネルギーがある。と言うか、エネルギーがあるから、生まれるコトが出来た。

それは、運命とか宿命とか、星の下であるエネルギーもある。

そんな中、自分が少々おとなしくしようとも、結局は曲がり角でかち合っちやった、みたく、時にはぶつかる。

じゃあ、ぶつかるコトを怖がるのではなく、避けるばかりではなく、『ぶつかっちゃった時にどうするかを分かっている』とよいかな、と。

そしてとにかく、『自分をよくよく知るコト』と、『自分と向き合うじかんを大切にするコト』を。

腹くくって無人島にでも行かない限りは、果てしなくヒト付き合いはあるのやし、場数はいくらでもこなせる。
ヒトの少ない田舎に住めば、人付き合いは濃くなるが、混み合ってはいない。

ヒトのわちゃわちゃ居る都会では、希薄やけれど、ちょこっとしたコトでエネルギーがぶつかりやすくもある。

 

どっちもどっちなんやろう。

 
『多種多様な価値観』を認めあおうとするがゆえに起こるコトは、田舎にも都会にも同じにある。

日々のメンテナンスを大切に。

家電製品ならば、『使用は10年が目安』とか分かりやすくなるやろうけれど、人間という生き物は、車にガソリン入れるように分かりやすくエネルギー補給するコトは難しいし、よく分からないほど複雑で。

冷蔵庫を手に入れて、食品を保存するのに便利。みたいに、生存価値がよく見えにくいし、生きものでありながら、思考感情が複雑に入り組み、本質がよく見えなくなる状態に陥りやすい。  

『私の役割って何やろう?』 

『生きてるだけで丸儲け』

『この地球上に生かされる全ての命は、必要があり生かされている』

聴ければそうやと思う、もしくは感じる。

でも、なぜか?と聴かれたら、説明はとても困難やったりする。 

本質的なコトを言語化するのは、とても難しい。なかなかしっくりくる表現にたどり着かなかったりする。

けど、そんな中で『コトバのチカラ』をひとつのエネルギーの現れして綴り、それを歌にしたり、本を書いたり、詩としてみたり。
絵につないだり、音楽につないだり、カラダにくっつけて表現したり。

人間ってスゴイなって思う。

って、人間以外になった経験がないから、(人間以外の記憶が消えとるだけかもしれないが)結局は分かんないのかもしれないけど、考え感じ味わえる、そして『分かち合える』チカラを与えていただき、人間として生かされる毎日は、とてつもなく面白く、底なしに幸せだ、と思う。

少々の不具合など、まあ良し!と。

いろいろあれど、結局は『朝の来ない夜はない』。

命までとられない程度なら、後々大きく引きずらなければ、何やってもオッケー^ ^
とにかく、いろんなチャレンジをしてみたらよいのやし、命から湧いてくるモノに従って、さらにワクワクを広げてゆけばいい。 

『これさえなければ幸せやったのに』という呪縛にかかっているうちは、朝が来ません!

これがあっても成り立っているのやから、今が存在している訳で、事あるたびに『これのせいだ』と理由づけしていては、次の課題には進めない。

  
魂の進化向上を目指し、淡々と生かさている。
これが全てで、そのすべての言動力は、エネルギー。

ヒトの気持ちも、お金も、モノも、存在しているモノ全部、存在という感覚もエネルギー。

何もなければ、そもそも認識もない訳で。

感じられるのなら、目に見えても見えなくてもあるというコト。
足りないと思うのなら、あるモノが分かっているから、それでいいじゃないさ、ってコト。

時に、『棚ぼた的ギフト』がきたりするが、それベースではやっていかれないやろう。貯金が底をつくみたく、エネルギー切れする。

たまにあるラッキー、アンラッキーを楽しみ、そこにいちいち理由を求めず、そうだからそうなのね^ ^と受けては流し、流してはまた受け入れて、とにもかくにもこれ、『循環させてゆく』コト。

どんなに素晴らしいモノも、閉じ込めて縛っておけば、腐ります!

もし、これ素晴らしい!と思うならば、アナタだけの手元で縛らず循環させたほうが、喜びのエネルギーがさらに広がり、アナタに『100倍返しのスペシャルハッピー』で返ってくるかも〜
大切やからとただただそばに置くのは、エネルギー減退の元です。果たして自分がどれだけその素晴らしいモノを、ヒトを、生かしきれるのか?というコト。

『かわいい子には旅をさせろ』と言うように、自分も、ヒトも、常に追い求めてゆけばいいし、追い求めるモノが明確なら、あとは見つけに歩くのみ。

追い求める姿こそ、美しいのではないか。

見つかった瞬間ではなく、ひたむきに追い続けているコト。

それこそが宝なのではないか。

もうそんな時に、誰が何言ったとか、こうしたら良かったとか、『そんなのはもうどうでもよいわい!』、となるのではないか。

朝の来ない夜はないけれど、夜中に彷徨うように歩き進めるには、けっこうなエネルギーがいる。
だから、わざわざエネルギーロスをしないで、エネルギーが循環するコトをする、互いに高め合えるヒトとさらに良い付き合いを目指す、これで良いのでは、と。
過ぎてみたら小さなコトでも、その時には大きな壁。

過ぎてみて小さなコトにするために、今高い壁にチャレンジしている、のが常。

ヒトと比べても、しゃーない!
なぜなら、それは自分から見た壁やから、ヒトとは越える壁自体がそもそも別、やから。

たとえ同じコトに取り組み、同じ試合に出ていても、です。

似ていても、同化するほど一緒に居ても、別のエネルギー体やから。
自分と他との領域を明確に。ベースはヒトではなくて、『自分』に置く。

そして、肝だと思われるのはこれだ。『押してダメなら引いてみる』そして、『引き際を見出す、見抜く』コト。

終わりよければすべてよし、なのです。

必ず、始まれば終わるから。人生もそう。これ、基本のバランス。

『とらわれずこだわらず計らわない』

『争わない(あらがわない)』コトは、楽に生きるための大きな秘訣かも。

逃げるが勝ちでもよい。

どっちにしても、後々になるべく後悔のないようにと今に尽くすのみ、です。

もし暗くて辛い夜を過ごすとしたら、どう過ごすかは、自分の『エネルギー管理』にかかっている。
命はすべてこれ。
 『明るい方へ、気持ちの良い方へ』

苦労は買ってでもしろかと言うけれど、わざわざ行きたくないのに険しい道に行かなくてもいいじゃん。
もちろん、行ってみたければ行けばいいのやけども。

鬼さんこちら、手のなる方へ〜🎶基本、なんでも楽しんでしまえばいい^ ^
その楽しむための『ゆとり』が大切で。ゆとりの管理こそ、めちゃめちゃ大切なエネルギー管理。
だから、何を言ってもまずこれ。自分をよくよく、よーく観るコト!
『瞑想』は、とても大切な自分と向き合うツールです。

そして、結論。

様々あるやろう毎日ですが、私はその毎日を快適にするための便利ツールとして、ヨガを学び、そしてお伝えしています。

適度にカラダ動かすのも良い。

これも、大切な『巡り』です。
循環の良い人生でありますように。

お金は足りれば良いし、溜め込んでも足しにはなんない。

友達は多過ぎても関われなかったら、それはひとつのオーバーワーク。

必要な時に、互いが存在し合えてたらいい。カラダが離れていても、ココロで繋がり合える友を。

仕事は、好きなコトを出来たらよいけれど、そんな甘くはないかも。

私は、ヨガをお伝えする仕事がライフワークであり、趣味であり、気分転換であり。
よくよく『働き過ぎ』やと言われるけれど、いいんです、私はこんなに幸せなので。

もしまた家族が側にてくれる環境になったら、そしたらもちろん、暮らし方を変える。
子どもがそばに居て、私と過ごしてくれるなら、なんとかしてでも時間は作る!

『いつも家に居てゴハン作って待っててね』という方の奥さんになるコトは、どっちに転んでも、ないやろうと思う。

それは、お互いにとってエネルギーロスでしかない。

またとない人生を楽しく過ごす。

楽な方向に行けばいいと思ったから、北海道へ移住する選択肢を選んだ。

でも、愛知の家族は何も変わらず大切やから、精一杯大切にし、大切に想っているコトも含め、精一杯向き合ってゆきいと思う。
北海道でいただけた居場所には感謝しかないが、もしキャパオーバーとなれば、自分が潰れる前に、潔く荷を降ろそうとも思っている。

  
そもそも、全部をひとりで背負う必要もないし、必要なモノは与えられるから、手放せばつながる仕組み、それはお互いにとってやと思う。

ただ、互いの理解がなかったり、成すべきコトに対して『想い』がそこになかったりすれば、つながるモノもつながらないが、ここは最初からつらつら書いた通り、想いはヒトそれぞれ、立場が変われば想いの向け方も変わるから、どんな結果となるかは、やはり未知だ。

そもそも、他を責めるくらいなら、やんなきゃ良い!と思う。

が、しかし、真剣であるがゆえに不平不満が出る。エネルギーが強いから、持って行き場がなくなる、やり切れなくなるからだ。

真剣ならば、愚痴をこぼしながらやったらいいと思う。

 そして、口を使って外へ出して楽になった分、気分を変えて取り組んで行けば良い、と。 

とにかく、腹には溜めないほうがいい。

お腹はエネルギーの貯蔵庫。不必要なモノが溜まると、必要なモノを留めておけなくなる。
これは、巡る以前の問題。巡るエネルギー自体が自分に入らなくなる。
だから、ストレスはてきめんにノックアウトされるんやろう。

心身共に、お腹をすっきり。
腹に溜めずに、巡らせる。

  

結局すべては、エネルギーだ。

私のエネルギーの源^ ^
ありがとうございます。

◎ヨガはじめてみませんか?


日本のてっぺん・きた北海道を拠点に『沖ヨガインストラクター』『バランスボールインストラクター』として活動しています!

各地へ出張レッスンに行かせていただいております。ぜひご連絡くださいませ。

1日10分からはじめる健康づくり。 そのためのアイディアやコツを、分かりやすくお伝えいたします!

沖ヨガインストラクター
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 中島まなみ(まなみん。)
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